国を愛することを教えない教育。「愛国心」を「右翼」と中傷して正しい日本を取り戻すことを妨げる愚か者がいる。【転載】

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戦後アメリカのGHQや政府は国際法上違反である、憲法の草案を日本に押しつけ、また、教育をはじめ色々な分野で日本に「仕掛け」を残していきました。
この戦争では日本は敗戦したものの、日本国民が一丸となった時の恐ろしさや影響力の強さを実感したからこそ、の処置だったと分析します。
 管理人Bの学生時代を振り返ると、本来の日本の教育者と日教組教師の両方がひしめき合っていたのだろうな、と想像出来ます。
 そんななか自分を日教組汚染から守ってくれたのは、戦前の日本人精神を捨てなかった立派な先生がたと、祖父母や親戚のまわりの年配者だったのでしょう。わざわざ「愛国心」の言葉を使わずとも、あたりまえの日本人として成長するなら、その過程で自然と自分の生まれた国を大事に思い慕うようになるものではないでしょうか。


Yahoo!ブログ さくらの花びらさまの
「日本人よ、誇りを持とう」〜輝かしい日本の発掘   
より転載させて頂きました。
この記事のURL:http://blogs.yahoo.co.jp/bonbori098/31262480.html


   【転載ここから】

国を愛することを教えてはいけない学校教育はおかしくないでしょうか?
2006年に埼玉県で52校の小学校が通知表の評価項目に「愛国心」があり、マスコミが大きな問題として取り上げました。
福岡県でも69校の小学校で通知表に「愛国心」という評価項目が明記されていて、在日団体と福岡県弁護士会が抗議をして「愛国心」の項目を削除してしまいました。

この問題が国会でも取り上げられ小泉内閣(当時)の小坂文部科学大臣は「愛国心を評価することは可能である」と言う一方で、「内心に立ち入って評価するものではない」と言ったため、マスコミや日教組は「内心の自由を尊重するために、生徒の心の中に踏み込む愛国心教育をしてはいけない」と言いました。

なぜそれほどまでに「愛国心」を敵視するのか?
美しい日本を愛してはいけないのか?

これは、戦前の教育が「国のため」「国を守る」などの国家のためとされた結果、個人の尊厳が守られなかった、これを改めるために占領下で米国教育使節団の報告書は、個人の尊厳を守るために国家は個人の目的を達成させるための「手段」であるとされました。国より個人が大事である、ということです。これは日本弱体化の一環なのであります。そのことに日本人もそろそろ気づくべきであります。

これらの考えが国家を軽視し、国家を否定し、愛国心を排除させてきた要因です。
これでは子供たちに国家意識が欠落し、愛国心が芽生えるはずがありません。
国を愛さず、自分のことを第一に考える。
その結果、「自分さえよければそれでいい。国がどうなっても自分には関係ない」という歪んだ考えになってしまうのです。

日本では「愛国」と言っただけで「右翼」と言われます。
しかし、「郷土愛」と言っても「右翼」とは言われません。
大体、「右翼」という言葉自体が悪いように言われますが、本来は国のために尽くす国士を言うのであって、悪い意味などないのです。
国を愛することを「右翼」という言葉で中傷して、まともなことを言う人が増えないように妨げているのです。


今の日本の常識からすると、「国のために尽くすなど、身を消費するだけで無駄なことである、それより自分が楽しいことをすることがよい」というような価値観になっています。
保守といわれる人は、この日本の間違った常識や価値観を正していかなければなりません。これは大変なことです。相当な抵抗もあり、周りからは理解されないことも多いでしょう。しかし、左傾化した日本を正すためには誰かが戦わなければならないのです。

国を愛することを堂々と教え、先人たちに感謝する。
そういう当たり前の国に、日本もなっていくべきであります。


   【転載ここまで】

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