元寇(蒙古襲来)を尋ねる旅 対馬〜博多

反日が国家の方針であり、竹島問題ではあきれるような主張を繰り広げる韓国。
さらには慰安婦問題をもちだし学生にさえ土下座謝罪を強要する、冗談にもならないような事をする韓国。

このような地をあえて旅行先に選ぶ学校とは、一体何が目的の教育機関なのでしょう?
またこのような教育が日本でなされて果たして良いものでしょうか?
韓国修学旅行現象は、これらの指導者らが持ち、そしてそれを学生に刷り込もうとしている歴史観と、地域社のなせる技なのでしょう。
日本人と国家にとって有害以外の何ものでもありません。

学校の言い分を聞いたとしても「国際交流、平和教育」くらいしか言い訳もみつからないでしょう。
百歩譲って国際交流を学生にさせるとしても、まず自国の歴史文化を誇りを持って語れる子供にしてから送り出さなければ、何のための国際交流なのか、全く意味がありません。「平和」と言っても日本と韓国両国の平和ではないのも明らかです。

西倉雅子さまの対馬への修学旅行奨励のお願い - 時事随想抄 - Yahoo!ブログを目にして良いきっかけを頂き、以前から疑問を持っていたこのような考えによって「対馬プロジェクト」のカテゴリーを設けました。

韓国、中国への旅行は大人になってからの、個人の好み(それに加えてリスクを承知したうえ)での旅行で充分です。
まずは日本をもっと知ってもらいましょう。
他にも国内で素晴らしい土地が沢山ありますが、その中のひとつとして対馬を修学旅行の場としてアピールしていこうと思います。

さてこの対馬は歴史的なことを含めて、国境の島として困難をのり超えてきた島々のひとつでもあります。
困難といえば、北部九州沿岸地帯が襲われた 元寇(蒙古襲来)はその悲惨さから外せないはずです。

今回は元寇に関して知る旅行を組み立てる提案をまとめてみました。
対馬でのリゾートも楽しみ、元寇にまつわる歴史を見ながら博多を経由する旅です。

まずは対馬での蒙古軍の襲来のお話を先に踏まえておきたいのですが、対馬観光協会のウェブサイト対馬の歴史では簡単な歴史の紹介にとどまっていて、旅行者の意識にあまり上らなさそうなので
FC2ブログ「ねずさんのひとりごと」から『外敵を打ち払え!元寇のお話』ねずさんの ひとりごと 外敵を打ち払え! 元寇のお話
にお力を拝借します。
このお話を思い浮かべながら対馬(博多〜福岡一帯も)を巡ると、見える景色もきっと変わってくることでしょう。

ここから博多へ移りますが、博多にもかなり多くの元寇のあとが残されています。
その代表といえるのが「元寇防塁」。地元の路線バスには防塁跡というバス停がありますが、実際には防塁跡は7カ所残っています。
文永11(1274)年の最初の蒙古襲来の後、博多湾沿岸の今津(福岡市西区)から香椎(同東区)の20kmにわたり築かれたとされています。

ちなみに西区と東区の間には海岸伝いに早良区、中央区、博多区が挟まれています。

福岡を拠点とした交通アクセス
福岡へのアクセス - 福岡の魅力 - 公益財団法人 福岡観光コンベンションビューローより

教育旅行 - 公益財団法人 福岡観光コンベンションビューローから修学旅行の提案がされています


現存する元寇防塁跡

ウェブサイト 筑紫のしろのき内『元寇防塁』より、各跡地への詳しい道案内:元寇防塁

現在この一帯でのかつての海岸線は埋め立てられ、西区の海岸線以外の跡は市街地の中なので、雰囲気を感じる為には西区がお薦めです。
道案内にも出ていますが、車移動が基本です。修学旅行でのバスを止める場所とお手洗いの確保が課題として残ります。

ウェブサイト 福岡の文化財 でも今津の防塁跡が紹介されています。
今津地区防塁跡

http://bunkazai.city.fukuoka.lg.jp/property/detail.php?ID=101060
福岡市の文化財/周遊コースhttp://bunkazai.city.fukuoka.lg.jp/course/15.php 


次のスポットは東区にある筥崎(はこざき)宮です。
応神天皇(第十五代)が主祭神として祀られる、日本三大八幡宮のひとつで、楼門には『敵国降伏』の文字が掲げられ厄よけや勝利の神さまとされています。

http://www.hakozakigu.or.jp/history.phpより

社伝によると、延喜21(921)年、醍醐天皇の時代に太宰少弐 真材朝臣が石清水八幡宮に回廊を造営寄進しようと立願したところ、「あらたに新宮を筑紫の筥崎に造営し、社殿を乾(北西)に向け柱には柏を用いよ。末代になって異国より我が国を狙うものがあれば、吾はその敵を防去する。故に敵国降伏の文字を書き礎の面、吾が座の下に置くべし」との御神託が下り、神殿が建てられたといいます。

その後元寇で焼け落ちた社殿を再興するにあたり、亀山上皇(第九十代天皇、在位1259~1274年)により納められたもので、のちの文禄年間(1592~1596年)に楼門が造営されたおりに再び謹写拡大されたものです。
また現在掲げられているのは、平成の大修理で新調されたもので元の額は社に保管されているそうです。












亀山上皇は1274年、蒙古襲来の9ヶ月前に退位されていましたが「我が身をもって国難に代わらん」と、伊勢神宮などに敵国降伏を祈願されました。
このような所縁で筥崎宮から少し離れた(博多区、東区の一部)東公園には明治37(1904)年、亀山上皇の銅像が建立されています。

そしてこの像を造る際の原型である木の像が筥崎宮に新しく建てられた奉安殿で2011年10月に一般公開されたばかりです。

この像は所在が移り変わったり行方不明になっていましたが、2008年に所有者から筥崎宮が寄贈を受けたものです。
銅像の鋳型をとるためのこの木彫像は、博多櫛田前町生まれの彫刻家、山崎朝雲(1867~1954)により明治35(1902)年に制作されました。
原型となるこのような木像と銅像が同時に現存するのは大変珍しいそうです。

さて、博多っ子にとって筥崎宮といえば、毎年9月12~18日に行われる秋祭り、放生会(大祭)です。
本来「放生会」は「ほうじょうえ」と読むのでしょうが、博多では「ほうじょうや」と呼びます。
期間中参道とその周辺には露天が並び、色々な催し物があります。
露天の名物は新生姜や博多おはじき、博多ちゃんぽん(ビードロのことです)など。伝統ガラス工芸の博多ちゃんぽんは管の先を吹くと「ちゃん ぽん」と音がするのが名前の由来だと言われますが、個人的には「パリン!ペコン!」に聞こえ、ちょっとパンチの効いた音を楽しむものだと思います。

放生会 2012 福岡|2012年9月の特集|博多三大祭 筥崎宮放生会2012特集|Beeee(ビー)
このサイトで博多ちゃんぽん、周辺マップや予定表(去年2012年のですが)なども紹介されていて参考になります。
期間中の夜間はかなり混雑しますので、団体でお詣りされる場合は混雑の少ない昼間の方が良いかもしれません。
博多駅から車で10~15分ほど、地下鉄では(中洲川端で乗り換え必要ですが)待ち時間を入れても20分前後みておけばよいでしょう。

この他、筥崎宮、博多区の櫛田神社や壱岐の島でも見る事ができる、
蒙古軍の碇石(いかりいし)があります。

tatarayume.org


福岡、博多の観光案内サイト よかなびweb
櫛田神社蒙古碇石 - 福岡・博多の観光案内サイト よかなびより

福岡市内には、よかとぴあ万博跡地の福岡タワーやプロ野球ホークスのホーム球場、福岡ドームなどの見所もあります。

博多区には祇園山笠の奉納される櫛田神社があり、周りには博多の古い街の様子を再現した「博多町家」、川端商店街の「川端ぜんざい」ありと、すぐ近くにまとまっていてお散歩に丁度良いです。

博多町家ふるさと館|福岡市博多区の歴史と文化を伝える観光名所より



博多町家 外観

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exciteブログ mamimami77772さまの 私達の愛する国 日本よ永遠に Japan Forever
から転載させていただいた対馬の情報

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ほんの狭い北部九州の一部だけを取り上げても、ここではご紹介しきれない文化や歴史がまだ沢山あります。
これらを季節やテーマによって組み合わせて、
有意義な修学旅行コースを是非創っていただきたいと思います。