日本は、対馬を守ることを、国を挙げて考える時にきているのではないか

韓国とは、地方の一市議会が、明らかに隣国の領土である「対馬の即時返還」などという全くもって傍若無人な決議を採択し政府に働きかけをする、信じられない国家です。
これは大昔からの朝鮮半島民の気質•性質のようである、ということが歴史を見るとよくわかります。

きままに歴史資料集 http://f48.aaacafe.ne.jp/~adsawada/siryou/index.htm 【元寇と高麗】によると

 日本が外国勢から侵略を受けるのは、「元寇」が初めてではない。
 日本側の記録によれば(『太宰管内志(大宰府管内誌)』『類聚三代格』『日本三代実録』『百練抄』『日本紀略』『扶桑略記』等)、それまでたびたび侵略を受け、九州北部はもとより薩摩大隅にまで及んでいたことが記録されている。(詳細/年表きままに歴史 元寇と高麗
 その大半は、朝鮮半島からのものであった。数隻の賊船によるものがほとんどであったが、中には、45隻2500人の新羅の者が来襲し、これを捕らえて問いただすと「王の命令を受けて略奪に来た」と述べたことがあった。(『扶桑略記』)
《たびたびあっていた海外からの侵略》から引用

とあります。
また、元寇に関してもこうあります。

そもそも元寇は、「元史 卷二百八 列傳第九十五 外夷一 日本國」に、
『元世祖之至元二年,以高麗人趙彝等言日本國可通,擇可奉使者。』
「1265年、高麗人の趙彜(ちょうい)という者が、元の世祖・フビライに日本国との通交を勧めた」
とあることが発端らしい。

その後もたらされた国書の内容は、国交を求める意味のものであったが、文面の随所に問題個所があった。
《元寇は朝鮮半島を経由してきた》から引用


「蒙古國牒状」 南都東大寺尊勝院所藏 東大寺宗性筆 写し

簡単に言うと、元(蒙古)から日本へ送られた国書の文面は日本を格下国と見下し、「これに応じなければ軍を出す事も考えなければならない」と威嚇までする無礼千万なものだったのです。
一部この国書を無視したのが元寇の原因だと唱える人もいるようです。
しかし国書としては無視されても当然の非常に無礼な手紙を、対等な国交を持ちたい国に送るのか?
考えれば分かる話です。
さらに当時元の属国であった高麗の忠烈王は日本の侵略まで進言しています。

高麗王元宗の子、 褜(しん、後の忠烈王)がフビライの前に参内し高麗に帰る際に、こう進言した。
 『高麗史 元宗十三年(1272)3月』
 『世子 褜云、「吾父子、相継朝覲、特蒙恩、宥小邦人民、得保。遺瞧 感戴之言不可。既 褜 連年入覲、毎荷皇恩、区々之忠、益切致効。惟彼日本、未蒙聖化。故発詔、使継糴軍容。戦艦兵糧、方在所須。儻以此事委臣、庶幾勉尽心力、小助王師。」』
 「世子 褜は言った。『私ども父子は相次いで天子の前に参内し、ひときわ御恩をこうむり、私どものような小国の人民をなだめていただきまして、国を保つことを得ました。目もくらむばかりで、戴いた事への言葉もありません。すでに私は連年して参内しております。つねに陛下のご恩を受け、ささやかな忠義をあらわしたいと切に思っているところでございます。思いますに、あの日本は、いまだ陛下の聖なる感化を受けておりません。ゆえに命令を発して我が軍の装備や糧食を整えさせました。今こそ戦艦兵糧を使うべきです。わずかではありますが、臣たる私めにお任せくだされば、つとめて心力を尽くし、帝の軍をいささかでもお助けできますことを切願しております。』と。」

 まことに属国の王子たるにふさわしい殊勝な物言いではなかろうか。フビライが目を細めて耳を傾けているさまが目に見えるようである。もっとも、既にフビライとしては屯田兵を展開した時点で日本への出兵を決意していたろうと思われるが。
 しかし日本にとっては、卑劣極まる侵略開始の進言である。もちろん、大国に翻弄される小国高麗の哀しき「事大主義」ではあるが。

 ちなみに、この時に彼が蒙古式の髪型と服装で帰国した様子が記録されている。即ち、
 「(わが国の人々は)世子の弁髪・胡服を見てみな嘆息し、泣く者あるに至る」と。『高麗史』
《後の高麗王(忠烈王)、日本侵略開始をフビライに進言する》から引用

参考資料ー高麗史の原文 / 近代デジタルライブラリー(国会図書館) - 高麗史. 第1
http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/991068/14

このことを踏まえて現代、日本と隣の国との間に起る問題を考えるとどうでしょうか。
朝鮮半島が隣にあることが問題なのではなく、朝鮮人のような民族やその奥の中国大陸を支配する民族が隣にいることが問題なのではないでしょうか。

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「対馬は韓国領!即時返還」 地方議会が決議文採択
   msn産経ニュース 2013年3月31日 より
http://sankei.jp.msn.com/world/news/130331/kor13033118010003-n1.htm

 「対馬は韓国領!」−。ソウル近郊・京畿道の議政府市議会が3月22日、日本政府に「対馬の即時返還」を求める決議文を採択したと韓国メディアに明らかにした。「地理的、歴史的、科学的にみても韓国領土であることは明らかだ」と主張しているのだが、説得力はない。これまでは韓国政府もまともに取り合わなかったが、李明博大統領の竹島上陸に日本が強力に反発したことを「右傾化」だとする韓国世論が今後、一層「反日なら何でもあり」に突っ走る可能性もあり、火種は静かにくすぶり続けている。(ソウル 加藤達也)

 「対馬は韓国領」と主張する議政府市議会の決議は、日本政府への「対馬即時返還」要求のほかに、国会に専門の委員会を設置して領有権の主張を幅広く取り上げ、韓国政府にも国際社会への働きかけや日本との交渉を求めている。

 これに対し対馬市の財部能成市長は、「(議政府市の)主張は世界史的にもまったく証明が不可能な事実であり、3世紀の歴史史書、魏志倭人伝に記されたとおり日本国であることは言うまでもなく、今回の主張は笑止千万です」とする見解を表明した。

 韓国では2005年3月、南東部の慶尚南道馬山市議会が条例で「対馬島の日」を制定。馬山市がその後昌原市と合併したことにより、現在は昌原市の条例となっている。

 また2008年7月には国会議員約50人が「対馬返還要求決議案」を国会に提出するなど日本人、対馬市民らの神経を逆なでする行為がたびたび起きている。

 議政府市の「対馬領有」決議以外にも最近、昌原市の市議約50人が3月26日から対馬訪問を計画。「観光に行くので市議と懇談したい」と対馬市に申し入れていた。

 対馬市側は、昌原市が、合併によって馬山市の条例を引き継いでいる市だとわかり申し入れを断った。すると昌原市議側は「日本の右翼団体が抗議に来るとの情報があり、宿泊施設も止めてくれない」と韓国メディアに説明。

 しかし、そもそも昌原市議が訪問するという話は公表前で当事者以外だれも知らない話だ。日本側も右翼が来るからといって断ったのではなく、昌原市議だと分かったから断っている。
 日本の右翼が来るなどという話は対馬市でも把握されておらず宿泊施設が宿泊を拒否したかのような、日本側の悪意で訪問できなかったとするかのような説明に、対馬側も困惑している。

 韓国側の対馬返還要求は2005年2月、島根県が「竹島の日」を制定したことに対抗した動きだとする見方が有力だ。「報復心理」である。

 韓国政府は、昌原市や国会議員団の主張、動きに対しこれまでまともに取り合ってこなかった。対馬の韓国領有を主張できる国際法上の根拠がないため、根拠のない主張を展開すれば「独島は韓国領」という主張の説得力さえ疑われかねない、という判断が働いてきたものとみられている。

 議政府市が「対馬は韓国領」の根拠としているのは、朝鮮王朝時代の地理書や1855年の英国地図、1865年の米国地図など。しかし、魏志倭人伝の根拠を超える説得力はなく、その上、これまで韓国側が実効支配した事実もない。

 韓国側は李承晩大統領当時、歴史事実に基づかず、「日本側が文禄・慶長の役で日本が占領した」などと主張し、対馬と竹島を韓国領に編入するよう米国などに強く働きかけた歴史がある。結局、李承晩大統領の言い分は通らず、1951年にGHQによって却下された。

 しかし、それでもあきらめず、韓国側は1952年、李承晩ラインを設定。以後、当時の国際秩序を無視して竹島を自国だとして不法占拠を続け現在に至っている。

 対馬は韓国人観光客によるマナーに反する行いによって環境破壊が進んでいる。対馬を観光で訪れた韓国人の中には少数だが、「対馬は本当は韓国領なのに」と、冗談とも思えない発言をする人々がいることもまた事実だ。

 財部市長は見解の中でこうも述べている。

 「対馬は、国交のない時代も含め、韓国との交流・交易を続けてきました。しかし交流するといっても相手を無条件に受け入れることはできません。対馬市民の平穏な生活や、有史以来の歴史が息づく文化や史跡のほか壱岐対馬国定公園として風光明媚な自然景観も多数存在しますので、それらを壊すようなことは絶対に許されません。日本の法律に違反することがあれば、日本人・韓国人の区別なく、国内法規に則り対処しています。また韓国人旅行者が対馬に来て、韓国の風習や習俗を押しつけようとすれば、ここは日本であるわけですから、日本の風習に合わせてもらうべきです」

 日本は、対馬を守ることを、国を挙げて考える時にきているのではないか。

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この前日のニュース(下に掲載)では別の団体の言動が報道されていますが、「ああ、やっぱりそうか」と思うオチがあります。
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盗難仏像「1体だけ日本に返還するべきだ」韓国団体が訴え

   msn産経ニュース 2013年3月30日 より
http://sankei.jp.msn.com/world/news/130330/kor13033000150000-n1.htm


海神神社の「銅造如来立像」

長崎県対馬市から盗まれた仏像2体が韓国で回収され「略奪された」と日本への返還反対運動が起きている問題で、朝鮮半島由来の文化財を日本から韓国側に返還する運動を続けてきた団体が、1体は早期に日本に返すべきだと主張していることが29日、分かった。

 団体は、慰安婦だった女性らとともに、来月1日にソウルで記者会見を開き、仏像返還を訴えるという。

 今回、団体が返還を呼び掛けるのは、2体のうち海神神社から盗まれた「銅造如来立像」。もう1体の観音寺から盗まれた「観世音菩薩坐像」については、韓国裁判所が当面日本に引き渡すことを差し止める仮処分決定を出している。

 団体代表の僧、慧門さんは、銅造如来立像について「日本に奪われたことを示す何の証拠もなく、真実と良心に基づき盗品は元の場所に返すべきだ」と指摘。日本にある他の多くの文化財を韓国に返還する運動にも良い影響を与えると述べた。(共同)

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まず、団体が「慰安婦だった女性ら」と一緒になって会見を開くところが「朝鮮人らしい意味不明な行動」です。
それに加えて盗難にあった多くの仏像のうち一体だけを返し、今後日本にある文化財を更に奪おうという魂胆まで披露しています。

対馬だけでなく日本はこのような国と本当に交流が必要なのか。
朝鮮民族の現実を知らない日本人があまりにも多いのではないか。
真剣に考える必要があると思います。