韓国製妄想は遥か遠くトルコまで/そしてイスタンブール【転載】

 【ドイツ、オランダ、トルコは親韓の国】

ニートな2ちゃんねらー日記http://2nnlove.blog114.fc2.com/blog-entry-8499.html#O8PYYip.twitter_tweet_box_count
で、薄気味の悪くなる話を読んでしまいました。
韓国人の考える事は本当に精神を病んでいるに近いものがあります。

       【以下抜粋】

58: <丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん 2013/06/09(日) 17:58:18.17 id:TsrsYoRX

なぜか韓国では、ドイツ、オランダ、トルコは親韓の国という ありえない脳内設定になっています。 しかもトルコに関しては、 日本とトルコのエルトゥール号に関するエピソードが 韓国とトルコに入れ替わって国内で広まっているとか。 韓国きもすぎ。 70: <丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん 2013/06/09(日) 18:13:20.53 id:bNYwCffE しかもエルトゥール号が 日本の海賊に襲われていたのを韓国人が助けてやったと 言う話になってると聞いたぞw 821: 本当にあった怖い名無し 2013/06/10(月) 19:15:55.37 id:mqb0dBdp0 >>810 トルコが親韓だと騒ぎ出したのって、WCの時にイルハン王子などのトルコイケメンが持てはやされて それに伴って日本とトルコの親密さが、マスコミなどでも取り上げられるようになってからなんだけど 韓国人って何処かの国や有名人と日本が親密なことをクローズアップされると 日本への対抗心剥き出しにして、その国やその人物は親韓だと言い始めるんだよね、気持ち悪い 823: 本当にあった怖い名無し 2013/06/10(月) 19:47:23.75 id:z4336jA10 >>821 今年もフランスのJAPAN EXPOにストーキングしてる。 ロゴがモロ旭日旗なのにw 832: 本当にあった怖い名無し 2013/06/10(月) 22:00:51.58 id:k4kQHFCM0 >>810 >>821 トルコは、第二次大戦で日本に最後まで宣戦布告せず (連合国からギャーギャー言われて1945年にやっと布告したが軍事行動は無し) 戦後賠償も求めなかったので 「連合国の秩序に反する」とかメリケンから言いがかりつけられて、 朝鮮戦争ではトルコ軍は38度線の激戦地に投入された。 (輸送と傷病兵収容したのは日本の警察予備隊だった) この時奮戦したのが韓国人には良い印象になってるようで、 「韓国とトルコは親友」と韓国人が言うことが多い。           ************** トルコ軍が朝鮮戦争に参加した(しかも最前線の激戦地区です)理由が興味深いです。 この参戦の意味をトルコの人々がどう捉えているかを妄想韓国人にも日本にも広める必要がありそうです。 JJ太郎さまのブログ「かつて日本は美しかった」のトルコと日本に関しての記事から転載させて頂きます。 そしてイスタンブール - かつて日本は美しかったより   【転載】ここから 親日国トルコ、その理由。 スルタン・アフメット・モスク Auth:Osvaldo Gago(CC) 昭和25年(1950年)6月25日、朝鮮戦争が勃発。昭和28年(1953年)7月27日まで続きました。この戦争にトルコ軍が国連軍として参加しています。トルコ兵の勇猛ぶりは名高く、アメリカについで犠牲が多く出ています。ロシア嫌いのトルコ人は「朝鮮戦争を戦うことによって、日本を共産化から防いだ」という認識があるようで、彼らの一つの誇りになっているようです。朝鮮戦争から帰国するトルコ兵士たちは日本に立ち寄り親日感を増して帰国したといいます。  昭和28年(1953年)に朝日新聞の牟田口義郎氏はトルコを取材し、「トルコ通信」を連載しました。この中で、トルコの親日ぶりは反ロシアから発していると説明しています。エジプトやシリアを歩くと日本人はまずほとんど「シーニ」(シナ人)と呼ばれるのですが、トルコでは断然「ジャポンヤ」(日本人)であり、日露戦争でロシアを叩きのめした痛快感が残っていたと述べています。ある老人が乃木将軍が旅順を陥落させた時の感激はいまだに忘れることができないとしみじみ語ったと書いています。牟田口氏の後日談として、昭和48年ぐらいに東京のトルコ大使館主催のトルコ独立記念日のパーティが東郷記念館で行われたことがあったそうです。普通はホテルで行うものですが、トルコ大使が元海軍中将だったのが理由のようです。  明治23年(1890年)9月16日、トルコの軍艦エルトゥールル号が和歌山県大島樫野先付近で遭難した事件をきっかけにトルコに渡り、以降、日本とトルコの親善交流に尽力した山田寅次郎は第一次世界大戦によって日本に帰国し、茶道・宗偏流(そうへんりゅう)を継ぎ、息子である後継者の第十世山田宗偏は昭和52年(1977年)にエルトゥールル号で命を落とした人たちの霊を慰めるため、イスタンブールの宮殿で献茶会を催しました。これに参加した荻野さんという方は次のように話をしています。 「国賓待遇でした。陸軍大臣や海軍大臣の歓迎の言葉の中に山田さんの学校という話も出てきました」  それでも日本人にとって知名度が低かったトルコは昭和53年(1978年)、庄野真代さんのヒット曲「飛んでイスタンブール」で急速に知られるようになり、昭和60年(1985年)のイラン・イラク戦争の折にトルコがテヘランに取り残された日本人を救出したことによりエルトゥールル号事件のことも知られるようになりました。庄野真代さんはエルトゥールル号遭難120周年で日本とトルコの友好ソングを収録したことをきかっけに平成20年(2008年)にトルコでチャリティーコンサートを行っています。  トルコというとイスラム圏であり、男性はトルコ帽、女性は白い帽で顔を隠すイメージがありますが、トルコ共和国の建国により世俗主義に向かい、国立学校や国の機関でイスラム色を出すことを禁じました。イスタンブールへいくともうそのような服装をしている人はいないといいますが、スカーフの着用が問題になったことがあるようです。イスラムでは女性の頭髪は性的な部分なので、スカーフで隠さなければならないものですが、大学ではスカーフ着用が禁止になっていました。これが最近は解禁になったようです。大統領夫人や首相夫人のスカーフ姿も色々と議論を呼んだようです。このあたりは日本人には理解に苦しむところです。  トルコは世界一親日の国といわれていますが、これはオーバーかもしれません。BBCの「世界に良い影響を与えている国」2011年の調査では親日1位はインドネシア、2位フィリピン、3位アメリカです。ちなみに4位韓国(驚くなよ!)、トルコは10位です。  トルコで日本のアニメは随分と人気を博しているようです。また違った形でトルコは親日度を高め、日本とトルコの交流が盛んになっていくようになるのかもしれません。 参考文献  現代書館「明治の快男児トルコへ跳ぶ」山田邦紀(著)  藤原書店 別冊環14「トルコとは何か」   『トルコと日本』牟田口義郎   『歌から始まった出会い』庄野真代   『トルコ共和国の根幹』内藤正典 クリックで応援お願いします →http://d.hatena.ne.jp/jjtaro_maru/searchdiary?word=%2A%5B%A5%C8%A5%EB%A5%B3%5D ランキングボタンの表示の仕方が分からないので、元記事からの応援をよろしくお願いします。   【転載】ここまで こちらはJJ太郎さまのブログのお引っ越し先です。 かつて日本は美しかった 元記事の最後のYouTube動画がリンク切れしていたので、同曲の別動画を貼りました。 懐かしい!!! 明日は同ブログより、日本人を救出したトルコ航空機のエピソードを転載させて頂きます。