「バターン死の行進」は生かす為の行進だった【転載】

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livedoorブログ ajnaさまの
「反日はどこからくるの」
より転載させていただきました。
この記事のURL:http://blog.livedoor.jp/aryasarasvati/archives/43306678.html


   

   【転載】ここから


【水間政憲】やはり解体しかない!朝日新聞新体制の欺瞞[桜H26/12/8] - YouTube


11:15頃~
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水間政憲氏「この人数の中でね、300人に一人くらいしか(日本兵が:筆者)いないんですよ。これで何で・・捕虜虐待して殺すなんて、あり得ないですよ」

水島社長「大体ね、アメリカの歩兵っていうのはトラックで移動してるから」

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水間政憲氏「これがね、これ証拠になるんですよ。この写真。小さく映っちゃってるけど。捕虜を背にして鉄砲担いでるでしょ。日本兵。護送してる日本兵。こんなんで虐殺する雰囲気なんてあるわけないです。周りみんなアメリカ兵で。鉄砲担いでるんですから。」

水島社長「元々バターンで降伏した時、水も食料もなくなってた。このままほっとくと病気、日射病とかデング熱とか、で、そういう中でこのままバターンに置いておいたらみんな死んじまうと。で、もう一つ言うと鉄道もトラックも日本軍にはない。マッカーサーは逃げちゃった。

水間政憲氏「逃げる時にまず日本軍に利用されないようにトラックはぶち壊したんですよ。バターン半島が陥落した後、コレヒドールの要塞の攻撃が残ってる。それをやりだすとね、捕虜にした一般住民もいるし、兵隊もいるし、そこに被害がね、巻き込まれる可能性があったから。あれ死の行進じゃなくて生きるための行進だった。」

水島社長「そうそうそう。そういう事情ちゃんと分かっとかないとね。それからその前にコレヒドールも、バターンもそうなんだけど、その前にフィリピン兵は全部死んでる。アメリカ兵はまずフィリピン兵を最初に全部壁に出して全員殺させてからやっとアメリカ兵が出動して戦って負けたっていうね。」

水間政憲氏「本の中に書いてるんですけどね、コレヒドールの要塞作った、あの、陥落する10年前に。使った労働者、フィリピン人、こそこそこそこそ全員殺してるんだって。秘密を守るために。」

水島社長「私コレヒドール2度ほど行ったことありますけどね。あのぅ、そういうとこですよ。フィリピン大学の歴史の学者けっこう知ってる。実はフィリピン人が200万人だか亡くなったっていうのはほとんどあれ米軍の爆撃とかで、日本軍の攻撃じゃないんだよ。」

水間政憲氏「だってカトリック教会マニラに10数本あって、天守閣かなんか、それ爆撃で壊してしまったのアメリカだから。」

水島社長「今言ったようにこういう検証一個一個やってかないとね。違うよって主張だけじゃだめだってことで。」

水間政憲氏「アメリカがね、そうやってロビイストにやられてるんで、これ復活、バターンが復活してくる可能性あると思うんですよね。これ大体1カ月半くらいで93円で電子版にしてくれるんで」

水島社長「もう一つ最後に言っておきたいのは、バターンと同じ人数だけ、山下大将降伏してから、これフィリピン大学の教授から聞いたんだけど、同じ数だけ日向に置かれて水も飲まされずに全部殺された。この人数分だけ日本兵降伏したのは日向に食糧も水もなく放り出されてみんな死んだ。それは全然歴史の中に出てないですよ。」

水間政憲氏「アメリカだとか朝日だとかがやりそうなこと、先回りしてやってますから。」


電子版というのはこれ
Amazon.co.jp: 反日歴史認識の「教典」II (Voice S) eBook: 水間 政憲: Kindleストア
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水間 政憲
PHP研究所
2015-01-30



以前こういうことがあった

笹幸恵 - Wikipedia

略歴
バターン死の行進について、フィリピンで行進のルートを4日間かけてたどり、「栄養失調気味の私ですら踏破できた」として、「日本軍による組織的残虐行為」との批判に疑問を呈する内容の寄稿を『文藝春秋』(2005年12月号)におこなった。これに対し、翌2006年1月、サイモン・ヴィーゼンタール・センターが、「歴史を誤って伝えるものだ」として、記事を掲載した文藝春秋に謝罪を要求した。体験者の元米軍捕虜は、「事実を著しく歪曲した非常に屈辱的な結論だ」と抗議文を公表。笹の主張についても、「水や食事をきちんととって歩いた彼女の行程は、当時の状況とかけ離れている」と批判した。後日、文藝春秋は抗議文を全文掲載した。

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「バターン死の行進」記事、ユダヤ人団体が文春に抗議
【ロサンゼルス=古沢由紀子】

 日本軍が捕虜米兵らを炎天下歩かせた「バターン死の行進」に ついての月刊「文芸春秋」の記事が「歴史を誤って伝えるものだ」として、ユダヤ人人権団体 「サイモン・ウィーゼンタール・センター」(本部・米ロサンゼルス)は13日、当地で抗議の記者会見 を開き、文春側に元捕虜らへの謝罪を求めた。


 記事は、同誌の昨年12月号に掲載された「『バターン死の行進』女一人で踏破」。ジャーナリスト の笹幸恵さんが、フィリピンで行進のルートを4日間かけてたどり、「栄養失調気味の私ですら 踏破できた」と報告。「日本軍による組織的残虐行為」との批判に、疑問を投げかけた。


 行進を体験した元米兵でアリゾナ州立大名誉教授のレスター・テニーさん(86)は、文春側に 抗議文を送付。会見で、「水や食事をきちんととって歩いた彼女の行程は、当時の状況と かけ離れている」と批判した。


 同誌編集部は「抗議文などを見ておらず、現段階ではコメントできない」としている。


 同センターは1995年、文芸春秋社の月刊誌「マルコポーロ」の「ナチスのガス室はなかった」と する記事に抗議し、同誌は廃刊になった経緯がある。
(読売新聞2006年1月14日)
記事期限切れのため引用はこちらから
http://awabi.2ch.net/test/read.cgi/english/1391788474/451


レスター・テニーさんは右
ってまた徳留絹枝さんですか(知ってた
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http://www.us-japandialogueonpows.org/news-J.htm

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捕虜虐待のうち、私が最も許し難く思っていることは、マッカーサーの部下達が捕虜の死を確認することなく、火葬に付したことである。朝の点呼時に伸びたまま動けないでいる捕虜がいると、彼らは毛布で二重に包み、紐でしばりつけて運び出して行ったが、脈をとったり、熱を計ったりすることはなかった。つまり死の確認をすることをしなかった。その結果、生きながらの火葬という世にもおぞましい事件が起きた。
http://www.jmcy.co.jp/~goto/Majime/toshio/shonin/shinin02.htm


戦争に勝てば歴史に向き合わなくていいんですか?そういうダブスタ?



   【転載】ここまで


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